最新更新日:2024/06/18
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2024年度が始まりました。どうぞよろしくお願いいたします。

校長室からの独り言39    個性!それは

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 西洋絵画の発達を見ると、カメラの存在が大きく絡んできます。印象派の絵画は、まさにカメラの発明によって、カメラが得意とする単なる再現ではなく、絵画だからできる表現を模索し始めるのです。目的を、再現することから表現することにシフトした絵画表現は、印象派の時代から“個性”という大きなものが前面に打ち出されてきます。今では、あたりまえに使われる“個性”が絵画表現でスタートしたのは、ほんの150年程前なのです。
 近年、“個性”を大切にといわれながらも、何か一つはき違えると、“変わり者”と評されてしまいます。この紙一重の境界線が大きな圧力となることもあります。リクルートファッション等は、その最たるものなのでしょう。会社には、自分らしさを伝えたいと思いながらも、和を乱していると思われれば企業の一員としての評価が落ちるのではと怯えるあまり、いつの間にか区別すら付かない同じ服装で面接の列に付くこととなります。そのうちに没個性となり、集団に合わせることに明け暮れた社畜となることもあります。仕事の場や仕事以外での場で、“個性”を自由に発揮できる表現の場をもったならば、生きがいとなるでしょう。教科の中にも、個性を発揮することを評価されるものもたくさんあります。図工や音楽、体育はもちろん、クリエーティブな発想を必要とする理数、文や言葉の言語表現の国語、仲間と道徳的価値を交流する道徳、・・・。子供たちが生きていく上で大切な大切な表現教科、個性的に楽しみたいものです。

校長室からの独り言38  2024年のスタート!!

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 2024年がスタートしました。一昨年、川除選手の講演会で全校にいただいた言葉、“夢に向かって前進!!”がしっかりとした確かな歩みとなるために、始業式には様々な歩み方を投げかけます。それぞれの学年に併せて、夢に向かう途中経過を楽しみながら歩んでくれたらと願っています。真っ直ぐに夢に到達するのも人生です。回り道を楽しみながら、ゆっくりと到達するのも人生です。夢に挫折し、新たな夢を歩むのも人生。夢を支えに生きるのも人生・・・。
 まだまだ小さい夢、大きな夢、手の届きそうな夢、力強い夢、新しい夢、ずっと大事にしている夢、そんないろいろな夢に向かって、いろいろな歩み方を楽しみ、前に進む素敵な一年になることを祈っています。世界の情勢は厳しく、決して幸せではない環境に育たなければならない国の子供たちもたくさんいます。今、夢に向かって自分の力で進むことができる幸せをかみしめながら、強く生きる使命を子供たちはもっています。2024年、“夢に向かって前進!!”です。幸多いことを心より願っています。

校長室からの独り言37   先入観!情報操作で

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 人の先入観について、以前マスコミで行った実験です。夜遅くに自宅へ帰る、近所付き合いのないご主人について、近所の人に正反対の2つの情報を流したときの反応の違いについてです。仕事の成果から世界的に優秀な賞を受けたようだと情報を流し、近所の人に人柄を尋ねたら、勤勉で夜遅くまで仕事に勤しんでおられる誠実な人だと。そして、言葉少なで奥ゆかしい・・・と人柄を評しています。反対に、犯罪者であるという情報を流してから人柄を尋ねると、夜もこそこそとしていて、あいさつをしても目を背ける感じで・・・と、まさに絵に描いたような悪人となります。
 夜遅く帰る、言葉数が少ないという事実が、全く正反対の情報が先入観となり、異なった人物評になるというのです。夜遅く帰るのが、勤勉と捉えられるのか、こそこそと捉えられるのか、1つの事実の点にもう一つの点によって異なったベクトルの線となります。子供たちの先生評もかなり先入観に左右されます。その先入観で、厳しい先生と怖い先生、同じ叱咤や懲戒でも、励ましなのか威圧なのか、教育的な意義が大きく異なってしまうのです。子供を正しく導くために、懲戒の背景にあるよりよくなって欲しいという願いを1つの事実の点にしたいものです。我が子をよりよくするために、怖くて嫌な先生という点にするのか、厳しくてよい先生という点にするのか、同じ点の情報を操作することで、我が子がよりよい見方を身に付けられるのであれば、我が子にとって得な点を選択したいものだと思う。

校長室からの独り言36    ぎりぎりの状態!

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 経済協力開発機構(OECD)が、日本の教員給与が加盟国の平均を下回ったとする報告書を発表しました。待遇面への戦略的投資によって教職の魅力を高めるべきだとの指摘です。近年日本では公立学校教員の採用試験の受験者数が減少し続けています。富山県は教育県でありながら、そのワーストの先頭を走っています。対策として、富山の魅力、富山の教員の魅力を県外の大学に発信したり、現役教員の生の声を伝えたり、かなり前から苦労しているようです。そして、やっと富山大学に教育学部も復活しました。しかし、教員離れに歯止めがかからず、再任用等の形で、退職した教員たちによって、ギリギリ数が合わせられているのが現状なのです。
 職業選択は、やりがいから有給休暇や育休、リフレッシュ休暇等の福利厚生が充実しているものを若者は選ぶ傾向があるようです。仕事の時間より、仕事以外の家族や自分の時間を大切にするのです。私たちの時代の仕事の活力となる家族の存在やプライベートの充実、仕事ができる環境を支えてくれた家族への感謝等という仕事のためが一義的だった時代とは異なります。私たち教員は、日々成長する子供たちと接する特異な職場です。子供たちの成長を見ていると楽しいし、もっとこう指導しようかと仕事のスキルアップのエネルギー源になります。仕事のやりがいや充実感は、日々の生活の生きている実感なのですが・・・。そんな教育界神話も価値観が異なった今、職業選択の決め手とはなりません・・・。子供たちのキャリア教育を担う学校に、明るい未来がなかったらいけないですよね。

校長室からの独り言35    見る、観る

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 子供の作品は、物事を直感的に捉えています。家族を描きましょうと、お父さんやお母さんをよく見て描きなさいと言っても、1年生であれば、3分ともちません。よく見て描きなさいと言ったら、「うん分かった」と言いながら、一気に描ききります。全く見ている気配がないのに、なぜか似ているのが、幼児期から低中学年の絵の特徴です。迷いもない、勢いのある想像画と思いきや、なかなかの写実なのです。形や動きを端的に捉えるクロッキーの達人のように、子供たちは対象を捉えます。
 よく見てとは、形の再現ではなく、子供たちは目に見える色や形を通してその人を見ているのです。直感的にらしさを捉え、表現しているのです。もちもちした肌合いやがちっとした量感等、子供独自の感覚で捉え、その人らしさを形に表すことができます。だから、感覚的に対象と似ているのです。目で見るのではなく、心で観るといえば言い過ぎでしょうか。剣の達人、宮本武蔵の「五輪の書」に、「観」は表面上に見える現象などではなく、その奥に潜むものを観るとして、相手の心の動きなどを感じると書いています。まさに子供たちは、見ではなく“観の目”で見ているのです。子供たちの透き通った目は、目に見える形に惑わされず、心の目でものを観ているのでしょう。よく見ましょうが形だけ観ようとしてしまう大人の指導によって、いつからか、子供たちの“観の目”か“見の目”に代わらせていることを成長と勘違いしないようにしたいものです。

校長室からの独り言34   大人への憧れ

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 6月の6年生の校外学習を皮切りに、たくさんの校外学習や宿泊学習が行われ、学校とは異なった場所でたくさんのことを感じ考えている子供たちです。日本には、“かわいい子には旅をさせよ”とか、“他人の飯をくう”という言葉があります。世間にもまれて様々な苦労をしてこそ、やっと一人前になれるということでしょう。もちろん、学校も子供たちにとっては、家庭とは異なった一つの世間に違いありません。しかし、どこか学校というルールの中で守られているのに対して、社会見学や宿泊学習は、文字通り社会のルールに子供たちは合わせなければいけません。
 学校で仲間とのトラブルにかっときて離席する子供たちも、他所ではぐっとこらえます。学校では甘えられるだけ大きな声で騒いでいる子供たちも、空気の違いを感じ我慢をします。6年生の金沢班別自由行動の旅のような活動になると、まさに社会の一員であり、子供だからという特別なものは、交通費と入場料以外はありません。バスを乗り間違えれば、違うところに行きます。見学場所に忘れ物をしたら、自分たちで取りに行かなければなりません。至極あたりまえの社会の常識の中での生活は、不自由であると共にルール内での自由を満喫しているようにも思えます。自分で決める。決めたら進む。間違っていたら方向を変える。責任も付いてくるけど、自分で決める自由が、大人への、社会への憧れとなるに違いないだろうと子供たちの姿を見ていて思います。

校長室からの独り言33  昔の道具??に

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 宿泊学習では、火起こし体験をしたり、竹を加工し食器にしたり、様々な原始体験を行っています。そこには、今の子供たちが使わなくなった様々な道具も使います。なたや小刀、のこぎり・・。以前は、どの家庭の納屋にもあり、子供でも手が届く日常的に使う道具だったものも、今ではのこぎりさえも必要のない家庭があるようです。小学校図工では、カッターナイフと彫刻刀、のこぎり、小刀での加工教材も少なくなり、中学校技術においても、大工道具を購入することはなくなりました。
 彫刻刀に至っては、安全カバー付きで手を切ることがない構造となって、刃物の類いではなくなり、安全指導の必要性もなくなっています。危険だと思うから用心して使う、怪我をしない正しい使い方をマスターするはずの便利な道具が、怪我をしない道具に進化?しているのです。怪我をしない彫刻刀を考えた人は、素晴らしいアイデアで、世の中の役にたっているから、学校ではこのような商品を活用しています。しかし、自分の命や身を守る知恵や知識をつける機会が少しずつ失われていることで、危機意識や安全な行動への意識が失われているのではと危惧しています。怪我しないように怪我しないように先回りしていることで、失敗しないように失敗しないように先回りすることで、嫌な思いや失敗の経験から人間が長い間培ってきた様々な生きる知恵が“昔の道具??となって、失われていくのではと心配になるのは、老婆心なのでしょうか。

校長室からの独り言32    “夢の道具”は・・・

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 名古屋大学の杉山直学長が、卒業式に対話型人工知能(AI)「チャットGPT」で作成した祝辞を披露したことが話題になりましたが、科学の進歩とともに、様々な道具が登場し驚かされます。「チャットGPT」のアプリを入れて、様々な条件やエピソードを入れてあいさつを考えるよう指示を出すと、あっという間にあいさつが出来上がります。そのあいさつに異なった要望を入れて修正の指示を出すと、またまた素晴らしい非の打ち所がないあいさつが出来上がります。楽しくて、楽しくて、意味もなくいろいろな条件を入れてあいさつをつくり替えていると、あっという間に半日が過ぎていました。自分で考えた方が早く出来上がっていたかもしれません。しかし、新しい道具は使ってみたくなるし、楽しい。ドラえもんののび太君ではないが、実際には道具として活用できていない次元で、いろいろ滑稽に道具に振り回させることもあります。
 最近、本校のALTとの会話は、ドラえもんの「ほんやくコンニャク」を使っています。翻訳アプリですが、ほとんど日本語を話せないALTと何十年英語の授業を受けてきたが全く実にならなかった私が、ストレスなくコミュニュケーションを取れるのには、まさに夢の道具なのです。この夢の道具があると、会話したくなるから不思議です。コミュニュケーションが取れない“異人”さんではなく、“隣人”になれるのだから、素敵です。あったらいいなぁと考えていたドラえもんの夢の道具、“インスタント旅行カメラ”“無人たんさロケット”“インスタントテレビ局”は、すでに巷で使われています。まあ、子供たちがおじいちゃんやおばあちゃんになる頃、2112年には、ドラえもんが誕生するのだから、あたりまえなのかもしれません。

校長室からの独り言31  温かな心持ちに・・お別れの会

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 学校正門にある松の木が、夏の酷暑で抵抗力がなくなっていたところに、病気が入ってきたのでしょうか、青々とした葉が茶色くどす黒くなりました。夏休中のあっという間の出来事でした。校舎の写真のポイントとなる松の木です。倒木の恐れもあることから、根元から切り撤去されました。学校にとってシンボリックな木であり、長年児童玄関前で子供たちを迎えていた松の木に対して子供たちの思い入れが深いようで、感謝の気持ちを込めて、松の木のお別れの会が企画されました。
 松の木と正門、校舎の絶妙な配置に、この新校舎ができた時に植え込まれたのだと思い込んでいました。ですが、お別れの会を企画する子供たちと松の木の歴史について調べてみると、旧校舎の写真の中にも、この松の木が写っているではありませんか。昭和40年のアルバムの中にまだか細い、若い松の木が写っています。この松の木がいつからここに植えられたのかははっきりしなかったものの、子供たちにとっては、祖父母たちが子供の頃から児童玄関前に植えられていた木である事が分かりました。長年にわたり子供たちの登下校を見守っていた松の木に、歴史を感じると共に人とのつながりを感じていったようです。たかが松の木の撤去だと見過ごさなかった子供たちの感性は、一学期から積み上げてきた命の教育の成果であると共に、子供たちが生命に対しての畏敬の念を抱くことができる心の育ちを感じます。心優しい“風の子”たちを見守ってくれた松の木とはお別れとなりました。ひとつの命が途絶える寂しさを感じつつも、子供たちの温かな心持ちに心温かくさわやかな秋風を感じることができました。

校長室からの独り言30   “今時の若者”は・・・

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 今時の若者は、我慢強さや粘り強さ等の非認知能力が不足していると言われます。この“今時の若者”というのはくせ者で、いわゆる”若者論”が流行りだしたのは1970年代の、戦争を知らない子供たちからかもしれません。まさに日本では、戦争体験のある大人と非体験の若者では、様々な考え方の格差は大きなものだったのでしょう。しかし、その後80年代には、新人類という異星人のような失敬な言葉で差別化を図る大人たちが存在するなど、中身がそんなに変わらない大人たちが差別化を目的に使っている言葉となり、大人と若者が五十歩百歩のような時代となってきました。ちなみに、古代エジプトのパピルスにも、“今時の若者”という記載があるとやら。
 冒頭の「今時の若者は、我慢強さや粘り強さ等の非認知能力が不足している」というのも、あくまでもイメージです。我慢が切れて犯罪を起こすのも、この時代若者に限ったことではないわけです。今時は、大人の方が堪え性がないと言われそうです。単に “今時の若者”という言葉を代名詞にしながら、今の世相が語られているのでしょう。子供たちの様子を見ると、我慢強さや粘り強さがないというのではなく、以前の子供たちと頑張り所が違うということはあるかもしれません。以前の子供たちは、大人の真似をしたがったので、大人が我慢強さや粘り強さを求めている場面に、しっかり答えていたような気がします。しかし、今時の子供は、自分のスイッチが入った時や事でしか、我慢強さや粘り強さを発揮しません。大人目線から言うと、ムラを感じたり、物足りなさを感じたりします。しかし、大人の都合に合わせないたくましさは、わがままにも見えるが自立心なのかもしれません。セカンドライフこそは自由に生きたいと願う大人たちの世相と同様に・・。
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